経済学部は必要なのか(77) 研究の発展と新分野の誕生


研究の発展と新分野の誕生
 二重学位や二重専攻の七番目の便益は、研究がいっそう発展したり新分野が誕生したりする点にある。この潜在的効果も甚大だ。二重学位や二重専攻の学生が大学院に進学して研究者になれば、二分野の知識を基にして新しい研究を始めたり、新分野を開拓したりすることが容易になるに違いない。先に触れたが、今日では経済学と他分野との学際的な研究が多くなりつつある。二重専攻の多い米国でそうした研究が盛んなのは納得できよう。
 経済学との学際研究が長い歴史をもつ分野はすでにいくつか存在する。歴史学・地理学・農学・文化人類学・倫理学などだ。経済史と経済地理学と農業経済学は、経済理論を取り入れて、経済学内の小分野になったといえよう。経済人類学は、現段階でどちらかといえば文化人類学内の分野である。経済倫理学(ここでは経済哲学も含む)は、経済学とも倫理学(哲学)ともいいうる小分野だ(経済学の起源は倫理学)。
 今日ではもう数十年の歴史をもつようになった学際分野に、教育の経済学・家族の経済学・犯罪の経済学・法の経済学・医療の経済学・環境経済学・計量経済学がある。伝統的には他分野で研究されていた問題に、経済学的な概念と分析手法を適用して、新しい知識の体系が形成されるようになった。そのためほとんどで経済学的論理が重視されている。
 学際分野として今日人気のある経済心理学と健康経済学の歴史は比較的浅い。だいぶ以前に経済学と心理学の接触は見られたが、最近は行動経済学の急発展とともに、両者の関係が緊密になっている。健康に対する現代人の関心の高まりと健康データの蓄積によって、健康に関する経済学的な分析も盛んだ。健康維持は費用をともなう行動で、経済分析に乗りやすい。
 こうした学際分野の研究において二重学位や二重専攻がきわめて有益なのは明らかだ。両分野に関する詳しい知識があれば、問題意識が高まり、概念や分析用具も豊富になって、研究が広がったり深まったりすることは容易に理解できよう。新しい研究対象を開拓する可能性が高まることも予想できる。残念ながら、これらの学際分野はほとんどが米国起源だ。経済学の分野で日本起源のものが一つでもあったら、日本の学生が目を輝かせて研究に邁進するだろう。
 本評論の視点から指摘すると、右で上げた学際分野のほとんどにおいて、個人は自分の負担する費用に比して享受できる便益が最大になるように行動すると仮定されている。つまり、新古典派経済学と同様なホモ・エコノミカスが想定されて分析がなされているのだ。経済学は応用分野においても、原理面で他分野から侵害されたことがない、という「誇らしい歴史」を有する。そのため、本評論の提起する問題を解決するような経済分析はなされていない。
唯一の例外が経済心理学(行動経済学)で、そこでは非合理的に(自己利益に反して)行動する個人も分析されている。しかし、主流派経済学で予想できない行動の観察事実と、その心理学的説明で議論が終わっていて、そうした多数の「変則現象」を組み込んだ壮大な経済理論はまだ打ち立てられていない。科学は実証的かつ体系的知識であるとすると、経済心理学で実証の積み重ねは進行中であっても、原理をともなった体系的世界観はまだ構築されていないのだ。
ここまでの議論を踏まえて私の希望を述べれば、文化的要素を導入した経済学の構築が、日本や世界にとって好ましい。社会(組織)全体を考慮した行動や、民族や人類の築き上げた文化に基づく行動が扱える経済学である。行動経済学の発展はその一助になろう。文化人類学の思考を取り入れた経済理論の構築も私は期待したい。もちろん伝統文化は無欠ともいえないので、その再検討も必要だ。

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