経済学部は必要なのか(74) 二重学位と二重専攻の非金銭的便益


二重学位と二重専攻の非金銭的便益
 二重学位や二重専攻は明確に金額表示できない私的便益も生み出す。大学進学を希望する多くの高校生には、専攻すべき分野に関して迷いや不安があるに違いない。日本の多くの大学では四年間所属する学部が受験時に決定されてしまうからだ。この迷いや不安を大きく軽減することが、二分野を専攻することの第五の利益になる。
大学の専攻分野には、高校で学習する内容とほとんど関係のないものも少なくない。そのことがこの迷いや不安を増幅させている。経済学・法学・心理学・文化人類学・創成化学・生命科学・生態学などは、これに近い例であろう。ぼんやりとしたイメージをもつことができても、取り扱われる具体的な問題やそれに対する自分の適性などは、明確に知るのが難しい。
たとえ高校である程度学ぶ分野でも、大学の講義を十分に理解できて、希望する職業に就けるかが不安になることもあろう。実際のところ、受験数学が得意であった学生でも、数学科の講義について行けず、数学者になる希望を断念することは普通に起こる。受験英語が得意なために大学で英語を専攻しても、英語を使って国際的な仕事ができる可能性はそれほど高くない。
さらに、大学に入学してみないと、特定分野に関する具体的な就職情報が得られない場合もある。高校の教員と違って、大学の教員ならば、特定の専門分野の詳しい就職情報を提供できよう。また、入学後は先輩や同級生から就職情報を得ることも可能になる。
 二重学位や二重専攻は、こうした迷いや不安に対処する有効な手段といえよう。大学に入学し、実際に何科目かを複数分野にわたって履修して、また教員や先輩・同級生と交流して、ようやく各分野の内容や自分の適性や将来就きうる職業を知ることができる場合が少なくないのだ。そうした後で自分の進路を決定することができる。二重学位や二重専攻は、単一専攻が生み出しうる失望感、専攻変更にともなう精神的・時間的費用、就職情報の収集費用などを大いに軽減するだろう。
 一つの分野は職業のために専攻し、もう一つは趣味や職業能力の補強のために専攻するということもありうる(商学と映画など)。一方は壮大な体系をもつ学問分野で厳しい知的訓練を要求するが、他方は芸術的な分野で自由な発想を重視するため、学生は異なった知的刺激を体験できるという場合もあろう(物理学と美術など)。相乗効果によって、両方の分野で優れた実績を挙げられるかもしれない。他方、数学者を目指して数学を専攻するが、同時に文学も専攻して、将来は数学を研究しながらエッセイも書くという生き方も可能になろう。
 米国の二重専攻に関しては、親から大学進学の許諾を得ることが目的になるという調査結果もある (Zafar, 2012)。親の支援を受けて大学に進学するからには、遊びのように見える分野だけを専攻することはしにくい。その点、法学と民族音楽などの二重専攻であれば、親も納得し学生も満足する大学生活が送れるという。さらに、学生は卒業に必要な単位が取得できる可能性、分野の難易度、就職可能性を考慮して、専攻分野を試してもいるようだ。
 二重専攻に関する批判的意見もある。特定分野の知識の深さや広がりが欠けたり、課外活動が不十分になったりする可能性があるという指摘だ。しかし、一七六〇人ほどの学部学生のデータを使ったTeagle Foundation (2013)によると、単一専攻者よりも二重専攻者のほうが活発に課外活動を行い、クラブの幹事になる傾向が強く、ボランティア活動に参加する割合も大きいなど、多方面で活動的なようである。先にみたDel Rossi and Hersch (2008)の研究結果のように、二重専攻者は就職してから実際に概して高い稼得を得ているので、特定分野の知識の深さや広がりも、それほど問題ないといえよう。

Del Rossi, Alison F.; Hersch, Joni, “Double Your Major, Double Your Return?Economics of Education Review, August 2008, v. 27, iss. 4, pp. 375-86
Teagle Foundation, “Double Majors: Influences, Identities, & Impacts,” Vanderbilt University 2013.
Zafar, Basit, “Double Majors: One for Me, One for the Parents?Economic Inquiry, April 2012, v. 50, iss. 2, pp. 287-308.

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