経済学部は必要なのか(73) 他学部における経済学の有用性


他学部における経済学の有用性
経済学部以外の立場から、経済学との二重専攻の効果を検討してみたい。たとえば、法学を専攻する学生が経済学も専攻すると稼得は高まるのであろうか。厳密な意味では二重専攻といえないが、米国の法律家(弁護士・裁判官など)で学部の専攻が経済学であった者は、他の専攻の者より平均して稼得が高いという分析結果がある(Craft and Baker, 2003)
米国は法科大学院で本格的な法学教育を行うため、その学生の出身学部が多様だ。一九九三年のデータに基づいたこの分析によると、学部で経済学を専攻した者は(比較基準とした)政治学専攻者より、一二・七%高い稼得を得るという。そして経済学専攻者だけが有意に高い稼得を達成する。つまり、経済学専攻者以外の稼得は政治学専攻者と変わりがない。
 経済学部卒業者は法科大学院入学試験(Law School Admission Test)でトップクラスの得点を達成する(Niesdwiadomy, 1998)ために、右の現象が発生するようにもみえる。しかし、同様に高得点を挙げる他分野専攻者の稼得は特に高くない。このことは、経済学部出身者の潜在的能力だけでなく、経済学という学問の内容が高稼得を生み出すことを示唆する。換言すれば、経済学部教育は他学部教育よりも、法律家に有用な知識を蓄積するのに役立つのだ。
 今日の(米国の)法学の講義には、機会費用・取引費用・道徳的危険などの経済学用語が頻出するという。たしかに法的問題には、損害・費用・期待・危険・情報・競争などの経済学的な要素が重要となるものが多い。そのために、そうした概念に精通している経済学部出身者は、講義の理解や就職後の活動に有利なようだ。それだけでなく、経済学的な批判的思考や分析法なども、法学で重要となる論理的思考力や分析力を高めるであろう。
 社会学や社会心理学などの経済学以外の社会科学分野でも経済学の知識が有用である、と私には感じられる。右で例示した損害・費用・期待・危険・情報・競争をはじめとする経済学的な概念は、社会生活一般においても重要な役割を果たすからだ。とくに、社会学や社会心理学の分野で研究者を目指す者には、経済学に関するある程度深い体系的知識が必須といえよう。それに欠けるときわめて稚拙な論理展開をする可能性がある。学部時代における経済学との二重学位か少なくとも二重専攻の取得がきわめて有益であろう。日本で多少話題になった社会心理学の書籍を読んで、その経済学的知識の貧弱さや誤解の多さに驚いた経験が私にはある。
 過去数十年の間に、経済学はその研究分野を拡大する努力をしてきた。それまでは他学が扱ってきた問題に対して、経済学的手法を適用して分析するようになったのだ。経済学は明確な条件(仮定)を設定して分析を行い、明確な結論を導出する伝統をもつので、他学は経済学帝国主義と感じつつも、その分析を侮れなくなったり受け入れたりするようになった。実際のところ、法の経済学や家庭・教育・犯罪などの経済分析は、今やれっきとした経済学分野として確立しており、ノーベル経済学賞受賞者も生み出している。
 ただ、法学や社会学や社会心理学に関して右で述べた経済学の有用性は、専門家に発生するもので、一般の会社員などは、それと同等の私的な金銭的便益を必ずしも享受できないかもしれない。にもかかわらず、専門家に関する右の事実は、一般人が複数分野の専門知識をもつことで獲得する広い意味の便益とその理由の一部を、間接的に示唆しているといえる。

Craft, R. Kim and Baker, Joe G., “Do Economists Make Better Lawyers? Undergraduate Degree Field and Lawyer Earnings,” Journal of Economic Education, Summer 2003, v. 34, iss. 3, pp. 263-81
Nieswiadomy, Michael, “LAST Scores of Economics Mjors: The 2012-13 Class Update,” Journal of Economic Education, vol. 45 no. 1, 2014, pp.71-74.

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