経済学部は必要なのか(72) 二重専攻の金銭的便益


二重専攻の金銭的便益
 二分野専攻の第四の便益は私的な金銭的便益である。ここでは利用可能な米国の調査や分析の結果を検討してみたい。二〇〇年のデータを使ったDel Rossi and Hersch (2008)の分析によると、学部卒の二重専攻者は単一専攻者と比べて平均して二・三%多い稼得(収益)を得る。なお、この分析では専攻分野が大分類になっていて、経済学はビジネスのなかに分類されているため、経済学に絞った分析はされていない。
 一般に二重専攻は、近い分野どうしであると効果があまりなく、隔たった分野を選んだ場合に大きな稼得効果が現れるようだ。ただビジネスと教育学だけが例外で、それぞれの分野内の二重専攻は単一専攻に比して一〇%と五%の稼得増を生み出すという。したがって、たとえば経済学と会計学を二重専攻すれば、いずれかだけを専攻した場合より稼得が一〇%ほど多くなると推察される。他方、ビジネスと理学の二重専攻をすると、ビジネス単一専攻よりも稼得が一〇一六%高くなるという。
 今回の「文系学部廃止論」に関連して特に問題とされたのは教育学部であった。それには少子化が関わっているが、右の米国の分析ではそれより多少意味深長な結果が出ている。すなわち、教育学の単一専攻は人文系単一専攻よりも稼得が一二%低い。さらに、ビジネス・工学・理学のいずれかと教育学(または人文学)の二重専攻をしても、前者の単一専攻より稼得が増えない。
 二重専攻をすることによって稼得が増えるのは、基本的に数理的能力(quantitative skills)の増大がなされる場合のようである。他の事情一定ならば数学力の高い個人の稼得が高いことは、既存のいくつかの研究によって明らかにされているが(Murnane, Willet, and Levy, 1995)、この二重専攻に関する分析もその結論を補強しているといえよう。
 二重専攻者の稼得が概して高くなる事実については、基本的に二つの理論が考えられる。一つは二重専攻が知識量と能力すなわち生産能力を増大させるという人的資本論であり、もう一つは二重専攻が個人のもつ知能や理解力や意欲を示すシグナルになるというシグナリング理論である。知能や理解力や意欲は外見から直接判定できないが、二重専攻のような達成困難なことを成し遂げた者には、それらが備わっていると他者が判断できる、というのがシグナリング理論の考え方である。
シグナリング理論によれば、どのような分野であれ、ある程度取得困難な学位を取得すると、その個人の知能や理解力や意欲の高いことが示されたことになるはずだ。しかし、右の分析結果では、二重専攻の分野による稼得の相違が顕著である。これは稼得上昇が主に人的資本論的な要因によることを示唆するといえよう。
Hemelt (2010)も類似の分析を行っている。彼によると、二重専攻者の稼得は単一専攻者より平均して・二%高い。そして二重専攻のために有利な分野はビジネスとコンピュータ・サイエンスと工学であるという。また、二重専攻者は大学院に進学する傾向が相対的に強く、それを通した稼得の増大も期待できる。リベラル・アーツの大学では三〇%の学生が二重専攻であるものの、稼得への効果はほとんどないのに対し、研究重視の大学では二二%の学生が二重専攻で、単一専攻に比して・九%の稼得増大効果があるという。

Del Rossi, Alison F.; Hersch, Joni, “Double Your Major, Double Your Return?Economics of Education Review, August 2008, v. 27, iss. 4, pp. 375-86.
Hemelt, Steven W. “The College Double Major and Subsequent Earnings,” Education Economics, June 2010, v. 18, iss. 2, pp. 167-89.
Murnane, R. J; Willet, J. B.; and Levy, F., “The Growing Importance of Cognitive Skills in Wage Determination,” Review of Economics and Statistics, vol.77, 1995, 251-266.

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