経済学部は必要なのか(46) 日本の組織における批判精神


日本の組織における批判精神
 プロローグで取り上げた日本学術会議幹事会の声明文を思い出してみよう。そこでは「現在の人間と社会のあり方を相対化し批判的に省察する、人文・社会科学の独自の役割」が強調されていた。しかし、そのような役割を引き受けた人間は、経済学部にまずいないと私には思われる。経済学部の存在意義に大きな疑問を感じざるをえない。
学生にとっては、自分の就職が他のことより何十倍も重要だ。研究者を目指す大学院生にとってさえ、社会は経済モデルを適用する対象でしかなく、彼らは右のごとき批判的な思考や行動を避ける。教員は批判的な省察をしないどころか、派閥を形成して学部の意思決定を実質的にそこで行う。それを批判する少数者には執拗な嫌がらせをする。それらを黙認する教員も多い。日本の大学で「長」と名の付くポジションを手に入れるのは、派閥のなかで中心的な役割を演じる教員が多いはずだ。「多様な見解を持つ他者との対話」などは、まったくする気もない。
第三章では、人文社会科学が育むとされる公共心をある程度詳しく論じた。しかし、ここまでにみてきたように、人社系の主要分野といえる経済学部には、公共心を発揮する教員がほとんどいない。ごく一部の教員にはそうする者もいるであろうが、非公式集団が数の論理で抑えつける。研究では議論に多大な労力を投入するのに、学内の公式の会議ではほとんど議論しない。活発な「議論」があるのは心地よい非公式集団のなかだけだ。「自分たちはパンのための学問を学んでいるのではないという自負」を文学部生はもつと竹内(二〇〇三)は指摘する。しかし、経済学部に所属する多くの文学部出身の教員(語学教員など)にも、主流派を批判する者はまず見られない。
佐和(二〇一五)は「民主主義国家では、企業であれ官庁であれ、旺盛な批判精神を有する人材を求める。」というが、旺盛な批判精神のある人間は、日本の企業や官庁だけでなく大学でも、問題児というレッテルを貼られ、抑圧ないしは排除されてしまうのが普通だろう。イエスマンで周囲を固めることが、日本のみならず欧米の経営者にも多いようだ。このことはエンロン事件に関連して先に触れた。批判しないのが出世の必要条件といえよう。旺盛な批判精神の持ち主は、現実の組織で重要なポジションに就けないのである。能力が顕著に高くなくても、角を立てずに黙っていれば、予想外の地位が舞い込む。批判精神のある人たちが排除されるからである。
今日の学生の精神のなかでかつての教養に取って代わったのは、友人との交際を重視する考え方だ。学生にとって何が重要かと聞くと、友人とか仲間という返事が多くなることはよく知られている。教養主義の時代は一九六〇年代に終焉し、七〇年代以降は大衆文化への同化を基調とする思考が大学生を支配するようになったと竹内(二〇〇三)は説く。教室でいじめにあわないために、クラスの最大公約数文化と同調するごとく、軋轢を避けた円滑な人間関係が重視されるようになったという。
今日の大学教員は七〇年代以降に大学教育を受けた者だ。彼らの派閥主義には、派閥の仲間を最も重視する思考が混じり込んでいるのだろう。派閥の歴史はずっと先にさかのぼるが、右のような精神は派閥を強化こそすれ、打破することなどとてもできない。彼らにとっては、公共心より仲間とのぬるま湯的な人間関係のほうが重要で、それが教授会カーストを増長させているといえよう。
社会学者の井上(一九九二)は、「適応」「超越」「自省」という文化の三機能を挙げ、七〇年代以降に適応機能が極度に肥大化し、超越と自省の作用が衰弱したとする。そのために三機能の拮抗と補完の動的な関係が喪失して、文化の健全性が損なわれ、社会の活力や創造力の衰退につながったという。適応は打算や妥協を含む利己的態度で、理想としての超越や懐疑としての自省との適切なバランスが欠けると、優れた文化が形成・維持できない。適応は米国文化に対する過度の適応も含んでいたと私は解釈する。
ここまでの議論より、経済学部の育成する人材には深刻な問題があると理解できよう。経済学教育は現実社会に関する超越と自省を生み出さない。このことは、経済学に重大な欠陥があり、経済学教育が日本学術会議幹事会の声明文の謳うような役割をまったく果たしていないことを示唆する。次章では、経済学の内容をある程度詳しく検討して、それが経済学部の教員や学生の行動にどう影響しているかを解明したい。

井上俊『悪夢の選択─文明の社会学』筑摩書房、一九九二年。
佐和隆光「人文知、民主主義を支える」『日本経済新聞』二〇一五年六月二十二日。
竹内洋『教養主義の没落―変わりゆくエリート学生文化』中公新書、二〇〇三年。

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